Nishi et al. (Nature 2015) 富の可視化と不平等

不平等の生成について,被験者に富(wealth)の状況を可視化してラボ実験した論文.非常に面白いし社会政策上のインパクトもある.日本でも何かできないだろうか.

Nishi A, Shirado H, Rand DG, Christakis NA. 2015. “Inequality and visibility of wealth in experimental social networks.Nature 526(7573): 426–429.

ヒトは相対的に平等な資源配分を好むことが知られているが,社会にはさまざまな度合いの経済的不平等が存在する.本論文では,不平等を決定すると考えられる要因のいくつかと不平等がもたらす影響を調べるため,被験者が相互作用して富を得たり失ったりする「ネットワーク化された公共財ゲーム」実験を行っっている.被験者(n = 1462)を,初期保有額が多い状態もしくは少ない状態にランダムに割り当て,3つの経済的不平等レベル(ジニ係数がそれぞれ0.0,0.2,0.4)の社会的ネットワーク内に組み込む状況をつくりだした.さらに,ネットワーク内の隣人の富の状態を可視化した(ここがポイント).その結果,富の可視化は初期の不平等が与える以下の影響を促進することが明らかとなった.すなわち,初期の不平等が大きい状況では,富が不可視であるよりも可視である方が不平等はより大きくなる.この結果は,可視化に対する反応がより豊かな被験者とより貧しい被験者で異なることを反映したものである.また,富の可視化は全体的な協力・相互連帯や富のレベルを低下させることも明らかとなった.

ラボ実験の詳細についてメモ.

 被験者は1462人で平均30分の80セッションに分割.各セッションの平均サイズは17.21.30%のつながり(tie)が存在するErdős–Rényiランダムグラフで配置をしている.したがって,被験者は初期に平均5.33の隣接がある.被験者は隣人と10ラウンドの協力ゲームを行った.各ラウンドではすべての被験者は協力するかどうかを選択する.協力=すべての隣人の富を100単位ずつ増やすために自分の富を隣人ごとに50単位ずつ減らすことである(最後に現金換算される).非協力=被験者の富も減らず隣人の富も増えないことである.これらの相互作用は経済的取引を構成し各個人の富に影響を及ぼし,その結果全体の富と不平等の変化をもたらすというセッティングである.

 被験者が協力の選択をした後,被験者は隣人の選択を知らされる.その後被験者はtieを作ったり断ったりして隣人を変える機会を得る.具体的には,すべての対の被験者の30%が各ラウンドでランダムに選ばれ、ネットワークを再編する機会が与えられている.2人の被験者の間に既に協力が存在する場合は,2人のうちの1人が無作為に選ばれ,自発的に他の人と同調するかどうかを選択することができる.両者の間にすでにtieが存在していない場合は,両者にtieを形成する選択肢が与えられ,両者が承認すれば新しいtieが形成される.この決定をする際に被験者は過去のラウンドで協力し合っていたか,または非協力したかどうかを知っている.

 このセッティングの下で,初期の不平等と富の可視化を操作する.初期の富不平等を操作に関しては,被験者は3つの条件のうちの1つにランダムに割り当てられる.「初期不平等がない(ジニ係数が0.0)」条件では,各被験者は500単位の同じ初期財産でゲーム開始.他の2つの条件では,「豊かな」被験者は「貧しい」被験者よりも大きな初期財産を保有するので,初期での不平等が存在する.重要なのは,すべてのグループで初期の1人当たり総資産額は等しく(つまり500単位),富の分布のみが異なるということである.被験者は,初期の低or高不平等条件下に無作為に割り当てられ,また無作為に生成されたネットワーク内のノードの1つに無作為に割り当てられる.

 さらに本論文の重要な点として,隣人の富の可視化を操作する.「目に見えない」状態では,被験者は自身の蓄積された富を知っているだけ.「目に見える」状態では,被験者は自身の蓄積された富と直接的につながった隣人のそれぞれの富を見ることができる.繰り返しになるが被験者は,隣人の富の可視化の条件にかかわらずそれぞれの隣人が協調しているかどうかは知らされている.「目に見えない」状態と「目に見える」状態の両方で,被験者はネットワーク全体についての知識はなく,隣人に関する知識しか持っていない.

 以上がラボ実験の詳細だが,結果についてもう少し詳しく.まず可視化は初期不平等が低いグループでも高いグループでもジニ係数を高める(初期ジニ係数が0のグループは効果なし).次に初期の不平等度合いにかかわらず初期保有財産が多いものは最終的にも多く,少ないものは最終的にも少なかった.そして全体の富に関しては,可視化が負の影響を与えている!ちなみに可視化は協力率も近接率も下げている(初期保有財産は協力率・近接率とほぼ関連がない).メカニズムについてはあまり言及はないが,ニューロや心理的な影響を挙げている.

 富を可視化するということは相対的剥奪にさらされる可能性が高まるということである.現実の社会では富がどの程度可視化されていて,我々がどこまで精確に隣人の富を計算できているか知らないが,このあたりグニャグニャっと実験のセッティングを変えて何かできそうな気がする.しかしラボでサンプルサイズが1500弱とはさすがという感じである.