Beckfield et al.(ARS 2013) 社会学における比較医療制度分析
社会学における医療制度の比較分析をレビューし,評価した論文.
Beckfield, J., Olafsdottir, S., & Sosnaud, B. (2013). “Healthcare Systems in Comparative Perspective: Classification, Convergence, Institutions, Inequalities, and Five Missed Turns.” Annual Review of Sociology, 39(1), 127–146.
ARSに医療制度の論文があったので,読まなければと思いながらも,結構な時間が経ってしまった.ちなみに,ファーストオーサーのベックフィールドは社会学でHealth系を扱っており,関連論文も多数ある.
さて,このレビュー論文では,医療制度を比較分析するにあたって,(1)近年の研究テーマ動向,(2)社会学で軽視されてきたトピック,の2点に絞りレビューと評価が行わている.
(1)近年の研究テーマ動向
ここでは主要トピックとして以下の4点を挙げている.
- 医療制度を分類する研究(CLASSIFYING HEALTHCARE SYSTEMS)
- 医療制度の収斂現象に着目する研究(CONVERGENCE: NEW AND OLD)
- 医療制度の境界に関する研究(INSTITUTIONAL BOUNDARIES)
- 医療制度と様々な不平等の関連を分析する研究(DISPARITIES, INEQUALITIES, INEQUITIES)
「医療制度を分類する研究」では,様々な分類が可能であるが,それが分析上意味のあるもの(analytically meaningful)でなければならないことが指摘されている.この指摘はあまりにも当たり前すぎるが,先行研究では福祉レジーム論とは異なる分類がたくさんあるようなので,何のために分類をしているのか分からないものがたくさんあるということか.論文中で紹介されているMoran(1990; 2000)では,"healthcare state"という概念が導入されており,そこでは,財政方式やサービス供給体制等を考慮した4分類がなされているという.これは知らなかったので後でチェックしてみようと思う.しかしながらCLASSIFYINGを延々とやっていても意味がないと思うし,島崎(2011)のように制度の細部に目を配り丁寧に分析するほうが好みである.
「医療制度の収斂現象に着目する研究」では,各国の医療制度が収斂しているのかが議論される.この手の話は福祉国家論でよく見受けられるが,ベックフィールドらが指摘しているのは,収斂の話は国単位でなく国内の地方自治単位でもできるということである.Clavier(2010)は実際にデンマークとフランス国内を事例に収斂を検討しているらしい.
「医療制度の境界に関する研究」では,医療制度とは一体なんなのかという問いにはじまり,制度の境界の変化を見極めようとしている.例えば,移民の増加によって医療制度はしばしば再編されるが,そういった実証研究は少ないという.日本でやるとしらたどういった分析があるのかはパッと思いつかないが,ヨーロッパあたりでは国際比較分析が出来るのかもしれない.
「医療制度と様々な不平等の関連を分析する研究」では,医療制度が個人の健康指標等に与える影響が分析される.これはいかにも社会学らしいというか,王道のマクローマイクロリンクの分析である.私としてはここのレビューが最も参考になり,いくつかの分析ネタを思いついた.基本的な問いは"how the healthcare system relates to other broad social conditions that matter for health and disease."(p.134)である.
(2)社会学で軽視されてきたトピック
ここでは5点が挙げられている.
- 関係性の観点(The Relational Turn)
- 文化的観点(The Cultural Turn)
- ポスト国家的観点(The Postnational Turn)
- 制度的観点(The Institutional Turn)
- メカニズム的観点(The Mechanismic Turn)
関係性の観点(The Relational Turn)では,親の階層が子の医療機関の受診行動に影響を与えるというLareau(2003)が紹介されていた.こういう分析はいくらでもありそうだが,意外とないらしく,"it is surprising that the analysis of specific relational structures has not made more of a mark on the comparative analysis of healthcare systems. "(p.136)ということらしい.
制度的観点(The Institutional Turn)に関しても,"it is surprising that the analysis of specific relational structures has not made more of a mark on the comparative analysis of healthcare systems. "(p.138)だそうである.
軽視されているというトピック5点は社会学では王道のものなので,本当に先行研究があまりないのかという感じはするが,冒頭にあるように,そもそも医療制度との関連で分析したものが少ないので,本当に少ないのだろう.いずれにしても,医療社会学では医師/患者の話が中心だったため,医療制度に焦点があてられなかったのかもしれない.医療制度のパフォーマンスが社会的コンテクストによって異なるという話は計量分析でやりやすいネタだと思う.当然,なぜ異なるのかに関するメカニズムを探求することも重要である(The Mechanismic Turn).
アメリカでは計量医療社会学的な研究というのは結構あったりするが,日本ではほぼみない気がする.医療は色々と制度的規制の多い分野であり,それを利用して,最近だとRDDで因果効果を推計したりと,面白い題材がたくさん転がっている分野だと思う.もちろん社会学でこういうことをやってもいいはずである.