Allison(2009) Fixed Effects Regression Models

固定効果モデルと変量効果モデルについて平易に解説した本.

Fixed Effects Regression Models (Quantitative Applications in the Social Sciences)

Fixed Effects Regression Models (Quantitative Applications in the Social Sciences)

著者は社会学では有名なポール・アリソンで,SAGE本シリーズでは他にEvent History AnalysisとMissing Dataを書いている.
Missing Data (Quantitative Applications in the Social Sciences)

Missing Data (Quantitative Applications in the Social Sciences)

Event History and Survival Analysis (Quantitative Applications in the Social Sciences)

Event History and Survival Analysis (Quantitative Applications in the Social Sciences)


イントロは以下のようにはじまっている.

For many year, the most challenging project in statistics has been the effort to devise methods for making valid causal inference from nonexperimental data.

固定効果モデルで強調されるのは,観察されない個人(グループ)の異質性を除去できることなのでこうした出だしなのだろう.とはいえ,因果推論といったときに固定効果モデルが強調されることはあまりないが...もちろんDiDは固定効果モデルの一種だが.この点はさておき,構成は以下の通りである.

1.Introduction

2.Linear Fixed Effects Models: Basics

3.Fixed Effects Logistic Models

4.Fixed Effects Models for Count Data

5.Fixed Effects Models for Event History Data

6.Structural Equation Models with Fixed Effects

アペンディックスにはstataコマンドも掲載されている.アリソンにならって以下のモデルから出発しよう.
{ \displaystyle

y_{it}=\mu_t+\beta{\bf X}_{it}+\gamma{\bf z}_{i}+\alpha_i+\epsilon_{it}

}
ここで,{ \displaystyle \mu_t}はtにおける切片,{ \displaystyle {\bf X}_{it}}は時間がたつと変化する(time-varying)説明変数ベクトル,{ \displaystyle {\bf z}_{i}}は時間がたっても変化しない(time-invarying)説明変数ベクトル,{ \displaystyle \alpha_i}は個人間で異なるが時間変化しない要素を含む誤差項,{ \displaystyle \epsilon_{it}}は個人間でも時間でも異なる誤差項である.誤差項を2つに分けることがポイントだ.固定効果モデルでは{ \displaystyle \alpha_i}{ \displaystyle \epsilon_i}の独立を仮定するが,{ \displaystyle \alpha_i}{ \displaystyle {\bf X}_{it}}の独立は仮定しない(つまり相関を許容).さらに,仮に{ \displaystyle \gamma}の推計に関心がなければ{ \displaystyle \alpha_i}{ \displaystyle {\bf Z}_i}の相関も許容する.一方で,変量効果モデルでは,{ \displaystyle \alpha_i}{ \displaystyle {\bf X}_{it}}の独立が仮定されている.固定効果モデルでは,偏差{ \displaystyle y^*=y_{it}-\bar{y}_{it}}と偏差{ \displaystyle {\bf X}^*={\bf X}_{it}-\bar{{\bf X}}_{it}}を設定することで観察されない個人の異質性を除去する.固定効果モデルと変量効果モデルのモデル選択について以下のような強調があるのは有益である.すなわち,固定効果モデルでは変量効果モデルに比べて標準誤差が大きく出やすいということだ(もちろん小さくでるときもある).これは,変量効果モデルではwithinとbetweenの両方を含むのに対して,固定効果モデルではwithinの情報のみを使うからである.ハウスマン検定で両者のいずれが採択されるかをみるのみでなく,両モデルで係数や標準誤差に大きな違いがある場合には,それを比較することで,観察されない個人の異質性がどの程度影響を与えているかを考えることができる.固定効果と変量効果の使い分けについては,当然,分析目的に依存している.つまり,アリソンが明示的に述べているように,効率性(efficiency)とバイアス除去のトレードオフが存在している.変量効果モデルの方が効率性があるが,これは変量効果モデルが仮定するところ,すなわち{ \displaystyle \alpha_i}がその他の右側(right-hand side)の変数と独立である場合のみに成立する.この仮定が満たされているのはなかなかないし,パネルデータを生かそうとすれば観察されない個人やグループの異質性を除去することになるので,固定効果モデルの採用が目立つ.このあたりは漸近理論をどの程度重視するかと関連するが....本の中では固定効果と変量効果が混合するハイブリッドモデル(マルチレベルの文脈でよく使われるセンタリング)についても触れられている.アリソン本のハイブリッドモデルについては,偏差{ \displaystyle y^*=y_{it}-\bar{y}_{it}}は投入せず,偏差{ \displaystyle {\bf X}^*={\bf X}_{it}-\bar{{\bf X}}_{it}}のみを投入するが,基本的なメリットは,観察されない個人の異質性と個人内変化の効果を比較しながら分析をできる点である.

Angrist and Pischke(2015) Mastering 'Metrics

実験学派のラスボス的存在アングリストとピシュケの新刊Mastering 'Metricsをやっと読んだ.本書の主眼,というか実験学派,というかlabor系の主眼が,いかに特定のtreatmentの因果効果を綺麗に識別するかであることを断っておく.

Mastering 'Metrics: The Path from Cause to Effect

Mastering 'Metrics: The Path from Cause to Effect

 

 レベルは前著のMostly Harmless Econometricsより低く,直感的な理解に重点を置いている.また扱っているトピックも5つでありシンプルである.数式もほとんど出てこないので,エコノメの因果効果でどういうことをやっているのかを大まかに理解するにはもってこいだろう.学部レベルの内容だが院生が読んでも勉強になる素晴らしい本だと思う.とはいえ,やはり内容はかなり基本的なものばかりなので,この分野にある程度明るい人ならばMostly Harmless Econometrics超える評価をしないだろう.ちなみに,人によってはアングリストらの文章がわかりにくいという声をよく聞くが,私は読みやすいと思っている.

Mostly Harmless Econometrics: An Empiricist's Companion

Mostly Harmless Econometrics: An Empiricist's Companion

 

 以下,各章の内容を簡潔に紹介してみよう.

1.Randomized Trials

Randomized Control Trials(RCT)からはじめるというのがこの本の特徴でもある.因果効果をみるためにはなぜRCTがベストなのかが丁寧に説明されている.Treatment groupsとControl groupのサンプルサイズが大きい場合には,大数の法則によって,セレクションバイアスが除去される.Random assignmentがうまくいっているかどうかは,多くの場合に,Treatment groupsとControl groupで共変量バランスをチェックする.すなわち,両グループで有意な差がないことを確認するのである.このあたりの説明は類書のなかでも抜群に分かりやすい記述になっていると感じた.

2.Regression

RCTができないときはどうすれば良いのだろうか.この流れを導入するために1章はRCTについて説明しているのだ.で,線形回帰モデルからはじまっている.単回帰から重回帰にモデルを拡張する際の説明として,Omitted Variables Bias(OVB)がどういったものかに注目している.これはモストリーハームレスでも同じである.メインツールがOLSの場合,モデルを拡張するなかでOVBを丁寧に考察している論文はあまり見かけないように思うが,後に説明するIVやRDDをセットで用いずにOLSだけでせめるならば,OVBの考察は決定的に重要であるだろう.なぜならOVBについて推論することはTreatment effectについて少しばかりの予測を可能にするからである.もちろん,OLSだけでジャーナルに載ることは今の時代考えにくいが.章末ではシンプルなRegressionではセレクションバイアスがかなり残ってるよねという話で次章につなげている.

3.Instrumental Variables

ここでIVが登場する.操作変数とは,Treatment Variableの内生性や観測誤差を取り除くために投入される変数だが,識別に満たすべき仮定は,IVがTreatment Variableの処置を強く予測する,Independence assumption,Exclusion restriction assumptionの3つがある.IVEの推計にしばしば用いられるのは2SLSだが,IVEの説明が丁寧である.すなわち,誘導系の係数を1st stageの係数で割ってやるとIVEになるよという話が具体的事例に基づいて説明されている.後半は局所平均効果(LATE)についての説明でこれもかなり分かりやすい.

4.Regression Discontinuity Designs

RDDについても簡潔な説明がなされている.cutoff付近ではRCTに近い状況が生じているだろうと,すなわちcutoffを超えるか超えないかは操作できないことがRDDにおけるcutoffの前提であることが分かりやすく説明されている.基本的な説明ばかりかと思いきや,cutfoff付近のバンド幅をどうやって決めるのかといった議論もしており,脚注にはこのトピックを扱った

Imbens, G., & Kalyanaraman, K. (2011). Optimal Bandwidth Choice for the Regression Discontinuity Estimator. The Review of Economic Studies, 79(3), 933–959. 

が紹介されている.もちろんSharp RDとFuzzy RDの説明もある.

5.Differences-in-Differences

最初にこの本をパラパラとめくったときにはRDDとDDの順番が逆じゃないのかと思ったが,DDの章を読んで構成を理解した.つまり,IVやRDDのようにうまい変数がみつからないときにどうするかという発想を導入するためにDDをRDDの後ろに持ってきている.とはいえ,DDも同じような悩みはあるだろう.DDが可能な前提としてCommon Trendを紹介したのちに,時間変化(time-varying)する変数をコントロールしたり,そして最後はTrendをコントロールするという流れである.DDをある程度知っている人は問題ないが,DDは固定効果モデルの一種なので,その話がないと初学者には理解が難しいかとも感じたが,紙幅の制約でパネル分析の話をできないので仕方ないという気もする.とはいえ,平均からの偏差と差をとるという程度の話はしている.DDについてはモストリーハムレスの方が明らかに分かりやすいように思う.

6.The Wage of Schooling

最終章ではこれまでに使った分析手法を順に使いながら復習をしている.このやり方は効果的だと感じる.この章の冒頭で紙幅が割かれているが,悪いコントロール変数に関する事例と説明の仕方は非常に明快である.基本的に,ここでいう悪いコントロール変数とは,treatment variableより時間軸で後に決定されている説明変数のことである.例えば,大卒/非大卒がランダムに割り当てられている状況を想像しよう.この時,賃金を学歴に回帰したい場合,コントロール変数として職業を入れたとしたらどうなるだろうか.大卒の人はホワイトカラーとなる傾向があり,非大卒がブルーカラーとなる傾向があるので,この場合,職業をコントロールしてしまっては職業効果に学歴効果がまじってしまいセレクションバイアスが生じるという具合である.後はmeasurement errorやattenuation biasの話があり,IV,DD,RDを使ってやってみたらどうなるかという流れである.

 

簡単な内容紹介だが,総じて,RCTができなくたって我々社会科学徒は色々と出来るということを簡潔に説明している良書である.終章のラストは以下の文で閉じている.

MASTER STEVEFU: Time for you to leave, Grasshopper. You must continue your journey alone. Remember, when you follow the 'metrics path, anything is possible.

MASTER JOSHWAY: Anything is possible, Grasshopper. Even so, always take the measure of the evidence.

 

 

『ハマータウンの野郎ども』第7章

言わずと知れたポール・ウィリスの著作である.かつて読んだ時には気付かなかったが,その第7章「文化と再生産の理論のために」では,制度に関する言及が多くあると教えてもらったのでここにメモしておく.

ハマータウンの野郎ども―学校への反抗・労働への順応 (1985年)

ハマータウンの野郎ども―学校への反抗・労働への順応 (1985年)

 

 

ウィリスは文化と再生産の話を進める前に,制度の重要性にも注意を払っていることを断る.

ここでは論点を鮮明にするために,もちろん事態を単純化している.国家やイデオロギーやその他さまざまの社会的制度が重要なかかわりを及ぼしている事実を無視している.とはいえ,大局的な規定要因そのものが再生産されるためにはひとまず文化のレベルに媒介されねばならないこと,私はこの点を強調しておきたい.(p.341)

 

そして国家諸制度が文化と社会の再生産に果たす役割を記述している.長くなるが引用しておく.

ここでいま少し対象を限定して,この本の研究から引出しうる仮説を示しておこう.それは文化と社会の再生産に国家諸制度が果たす役割に関するものである....(略)...まず第1に,社会の再生産の特定のありようはそれにふさわしい独特の国家制度と見合っており両者はみごとに調和していると,考えてはならないだろう....(略)...そして第2に,制度というものは単純なユニットと見立てて研究できるような対象ではない.ひとつの制度には少なくとも3つの異なった層が重なり合っている.その三層をとりあえずたてまえの層,実務の層,文化の層と呼ぶことにしたい....(略)...ある制度の重要な組織改革についていやしくも十全な評価を加えようとするなら,上記の3つの層の区別と絡まりをしっかりと押さえておくべきだろう....(略)...教育制度について指摘できることを,そのまま他の諸制度に一般化することの危険性は言うまでもない.制度が異なればそこにおける支配のありかたも異なり,職業的専門家と受益者一般との関係を異なるであろう.それについて,公的なイデオロギーとインフォーマルな文化とのズレや断絶や転倒のありかたも異なるだろうし,紛争が表面化する時間や空間も異なるかもしれない.外に拡がる階級社会とそこで再生産される文化とに,制度がいかに切りむすぶかも違っているだろう.とはいえ,少なくとも次のようには言えるはずだ,多くの制度はその公式イデオロギーの首尾一貫性にたいする信仰を必要とするゆえに,ひとしく,なんらかのかたちで自己欺瞞を犯す,と.公式のイデオロギーがなんらの抵抗も受けずに制度の最末端にまでとどくことはない.公式のイデオロギーが浸透するとすれば,それは制度の底辺においてどのようにか受容される素地があるときに限られる.さもなければどこにも浸透してはいない.ある制度のなかで上から下へとつながるイデオロギーの鎖には,そのどこかに切れ目やもつれがあるものだ.そして,鎖のその部分こそ,制度と外部の社会秩序との関係を知るうえで,また社会の再生産に果たす制度の客観的な機能を見きわめるうえで,ことのほか重要な意味をもつ.さらにはこうも言いうるかもしれない.多くの制度において人びとを一定の具体的な行動へと動機づけるものは,インフォーマルな文化がもたらす「われら見ぬいたり」という独特の意識なのだ,と.(pp.351-58.)

ウィリスが指摘している第1の点は制度のdecouplingであり,第2の点はグライフのいう制度的要素(institutional elements)と類似する.制度をフォーマル/インフォーマルで区別するのはダグラス・ノース以降広く知られることとなったが,ウィリスが『ハマータウンの野郎ども』でこの区別を用いていることは知らなかった.もっとも,ノースとウィリスではフォーマル/インフォーマルの区別の仕方が異なるが.

 

比較歴史制度分析 (叢書 制度を考える)

比較歴史制度分析 (叢書 制度を考える)

 

 

制度・制度変化・経済成果

制度・制度変化・経済成果

 

 

日経BPクラシックス 経済史の構造と変化

日経BPクラシックス 経済史の構造と変化

 

 

 

Rözer and Kraaykamp(SIR 2013) ジニ係数と主観的Well-being

自ら選択した論文ではないが,ゼミで輪読した論文.

Rözer, J., & Kraaykamp, G. (2012). "Income Inequality and Subjective Well-being: A Cross-National Study on the Conditional Effects of Individual and National Characteristics.Social Indicators Research, 113(3), 1009–1023. 

概要

ジニ係数と主観的Well-being(以下SWB)の関連が,個人属性や国の属性によっていかに異なる影響を与えているかどうかを検討した論文.すなわち,マルチレベル分析の枠組みで,マクロ変数とマイクロ変数との交差項の効果に着目している.

イントロ

ジニ係数SWBの関連をみた先行研究はたくさんあるが,その結果は整合性がない.つまり,ジニ係数が高い国ではSWBが高いという結果と,いやいやSWBは低いという結果が混在している.著者らによれば,こうした不一致はデータセットに含まれる国の違いによるものが大きいらしい.本論文では,より多くの国がサンプルに含まれるWVS(World Value Surveys)とEVS(European Value Surveys)を用いている*1.さらに,先行研究の知見からも,ジニ係数の効果は個人属性によって異なることが想定されるため(所得不平等を個人がどのように認知するかには個人差があると想定されるため),ジニ係数#個人属性の交差項をモデルに投入することでこのことを検証している.

方法

 本文では,変数選択に伴って,理論・作業仮説が述べられていたが,ここでは省略する*2

データ,変数,推計方法は以下の通り.

データ

WVSとEVSのうち1980-2008年に行われた5waveをプールしたもの.

変数

被説明変数

SWB→0(dissatisfied)-9(satisfied)

説明変数

個人レベルの変数→education,employment status, marital status, denomination. church attendance, age, age2, gender, egalitarian norms, perceived income, social trust, institutional trust

国レベルの変数→GDP, national social trust, national institutional trust

推計方法

マルチレベル.個人が国にネストされている場合,OLSで推計を行うと標準誤差が過少推計になる(Snijders and Bosker 1999)ことに触れているが,BLUP(Best Linear Unbiased Prediction)については全く触れていない.この論文に限らないが,マルチレベルは混合効果(変量効果と固定効果を同時推計する)モデルであり,因果効果をみるのには不向きで,むしろ探索的な分析手法であることを強調して欲しい.そうしないと後述の結果がよく分からなくなる.

結果

ヌルモデルを含めてモデル0~4で変数を拡張している.まず,ジニ係数は一貫して有意に正.つまりジニ係数が高い国ではSWBも高い傾向にある.この結果は本稿の仮説と整合的だが,依拠する理論自体はどの程度のレベルのものなのかよく分からないため深入りはしない.サンプルサイズが20万弱なのでほぼ全ての変数が有意だが,主要な結果はジニ係数との交差項.

(1)マイクローマクロのクロスレベル

ジニ係数SWBに与える正の効果は, egalitarian norms, perceived income, social trustが高い個人では弱まる.つまり交差項の係数がマイナス.

(2)マクロ変数同士の交差項

ジニ係数SWBに与える正の効果は,national social trust, national institutional trustが高い国では弱まる.つまり交差項の係数がマイナス.

解釈

時間がないので省略.pp.1017-21をみよ.

感想

Well-being研究はあれも効いたこれも効いた,いややっぱりあれは効いていなかったこれは効いていたという論文が多い気がする.そういえば,本論文とは着眼点が異なるがAERのP&PにあったStevenson and Wolfers(2013)では,イースタリンのパラドックスはやっぱり違うという結果.既に存在するかもしれないが,メタ分析の論文が存在していたら読んでみたい.

 

*1:WVSはサンプルサイズが大きいといっても調査設計がイイカゲンだからという声があった.

*2:主観的Well-beingの分析では,変数の操作化や仮説のヴァリエーションがありすぎるので,レベルの高い仮説とそうでないものが明白な気がするが,本稿の場合はどうなのか,専門家に聞いてみたい.

Hwang and Sampson(ASR 2014) ジェントリフィケーションの進化メカニズム

シカゴにおいてジェントリフィケーションがどのように生成し変化しているのかを分析した論文.

Hwang, J., & Sampson, R. J. (2014). "Divergent Pathways of Gentrification: Racial Inequality and the Social Order of Renewal in Chicago Neighborhoods.American Sociological Review, 79(4), 726–751. 

 

本稿で用いるジェントリフィケーションの作業定義は,「投資の失敗や経済停滞を経験した中央市街地が再投資や再興,そして中流もしくは中上流階級者の流入を経験するプロセス (Smith 1998). 」である.これまでの都市研究では,ジェントリフィケーションに象徴される社会移動がホットな話題であったが,ジェントリフィケーションの進化過程はよく分かっていない.先行研究の計量分析のほとんどはセンサスデータ等を利用してジェントリフィケーションを分析しているが,それではその土地の細かな地理的条件,環境変化 (イオンができたとか民間企業の本社がきたとか大学が新設されたとか)等を観測できない.そこで,著者のサンプソン(都市社会学の大御所)らが目をつけたのがグーグルストリートビューである.ジェントリフィケーションを捉える際の主軸は,その地域に新しい商業施設が建設されたり,古い建物が現代風に改築されたりと,「再開発」や「再投資」である.したがって,仮に物理的・視覚的な「再開発」「再投資」の状況を得点化できれば,その得点をジェントリフィケーションの進行尺度として使えるのではないかというが本稿の根本的な発想であり,「それってグーグルストリートビューである程度できるじゃん?」というのがサンプソンらの主張である.そして,このジェントリフィケーションを測定する尺度がGoogle Street View gentrification observations (GGO) scoreであるが,GGOスコアは以下の3項目の平均得点である.

(1) structural mix 

この指標は,the combined condition of older structures, which indicates an area’s preexisting socioeconomic status, and the degree of new structures and rehabilitationであり,実際には複数項目から構成されたものをヒトがグーグルストリートビューをみて判断(該当するものがあれば1を割り当て)し,平均得点を算出している.

(2) visible beautification effort

 この指標はefforts discouraging disorder (painting over graffiti),personal frontage beautification, and vacant/public space beautificationであり,その地域が美化活動にどの程度力を入れているかをグーグルストリートビューの画像から判断している.

(3) lack of disorder and decay 

この指標はlack of physical disorder, lack of unkempt vacant/public space, and lack of decaying structuresであり,その地域のdisorder度合いを計測している.

門外漢の私はこの尺度の妥当性がよく分からない.だがこの尺度を受け入れるとすると,ジェントリフィケーションの全く生じていない地域では,(1)低い,(2)低い,(3)高い,という数値になり,一方,ジェントリフィケーションの進んだ地域では(1)高い,(2)高い,(3)低い,になることがわかる.コーディングマニュアル等はオンラインアペンディックスに掲載されている(読んでも結構分からない箇所が多かった).なおインタビュー等の分類の信頼性をあらわすカッパ係数は0.5であり,やや低い気がしないでもない.とりあえず,ここで算出されたGGOスコアがジェントリフィケーションの尺度とされていることを確認しておく.

さて,被説明変数であるGGOスコアが確定したところで,説明変数であるが,黒人比率やヒスパニック比率,貧困率,持ち家率,空き家率,observed disorder,perception of disorder,殺人事件数,各種施設への距離,中心部か否か,高速バスのバス停があるか,ミシガン湖沿いか,公園があるか,公営住宅の割合が1割を超えているか,インフラ支出額等を投入している.ちなみにobserved disorderとperception of disoerderはサンプソンらが好んで使う概念というか変数であり,それぞれ以下のように操作化されている.

  • observed disorder: multi-item scale based on the presence or absence of the following items: cigarette/cigar butts, garbage/broken glass, empty bottles, graffiti, abandoned cars, condoms, and drug paraphernalia. 
  • perception of disoerder: Residents were asked to rate “how much of a problem” various social and physical incivilities were in their neighborhood—including drinking in public, selling/ using drugs, teenagers causing a disturbance, litter, graffiti, and vacant housing. 

両方ともblock-faceで集計されているので,tractレベルの値を算出するためベイズ推定がなされている(観測誤差に対応するため).

分析モデルは以下(ところではてなブログtexって使えるんですか?).

GGO = β0 + β1G95 + β2B95 + β3B925 + β4H95 + Σnk=5βkZk + ε

 Gは95年時点でのジェントリフィケーション段階(これは先行研究のデータを使用),Bは黒人比率,Hはヒスパニック比率,Zはコントロール.

分析はモデルを拡張していき8モデルがあるが,主要な結果だけを述べれば,

  • 黒人比率・ヒスパニック比率は有意にGGOスコアを低下させており,これはモデルを拡張してもロバストに効いている.さらに黒人比率がGGOスコアに与える効果は非線形である,閾値が存在する(地域の黒人比率が40%を越えると急激にGGOスコアが低下するが,40%以下だとGGOスコアに大きな変化はない).
  • perceived disorderは有意にGGOスコアを低下させる.observed disorderは効いておらず,perceivedのみが有意に効いているのは評判や偏見の問題と密接に関連していると推測される.(但しobserved disorderはPHDCN というプロジェクトで撮影されたシカゴの全ストリートの画像をもとに,ゴミ箱がちゃんとあるかとか割れた瓶が路上に落ちているかとかそういったものを変数にしたものであるため,録画日によって変動が大きいはずである.なのであまり信頼できる変数ではないだろう)
これまでジェントリフィケーションをどう計測するかで議論があったが,この手法はこの分野の躍進に繋がるだろうと著者らは述べている.GGOスコアの算出に使うストリートビューをしてコーディングする作業はマニュアルがあるものの,主観的なものであるため,その点限界だとしているが,これまでのセンサスデータのみでは分からないことがたくさん分析できるのは利点だろう.そもそもストリートビューを使って何か変数を作成するという発想がなかった.同じ枠組みで日本でジェントリフィケーションの話をしようとしても,的外れなところがあるかもしれないが,ストリートビューを使って説明変数を作成したりなんてのはできるんじゃないかと思えてきた.しかしながら,コーディング作業に膨大な時間を要することが予想されるため,人員が確保できないとできない作業だろう.結果としてこのことがサンプルサイズの少なさにもつながってしまうことは本文でも指摘されていた.
最後にインプリケーションであるが,分析結果によれば,黒人比率やヒスパニック比率の高い地域というのはそもそもジェントリフィケーションが起こりにくい.黒人比率やヒスパニック比率の高い地域というのは多くが貧困地区である.ジェントリフィケーションといえば,中上流階級のひとたちが貧困者の居住地区に移り住み追い出すという状況がイメージされてきたが,実際には,中上流階級のひとたちは黒人やヒスパニック比率が高い地域には流入していなかったし,治安の評判が悪い(perceived disorder)地域にもあまり移動していなかったのだ.ただこういう効果がはっきりと確認できるのはシカゴだけなのではという気もする. 
 
 

 

Beckfield et al.(ARS 2013) 社会学における比較医療制度分析

社会学における医療制度の比較分析をレビューし,評価した論文.

Beckfield, J., Olafsdottir, S., & Sosnaud, B. (2013). “Healthcare Systems in Comparative Perspective: Classification, Convergence, Institutions, Inequalities, and Five Missed Turns.” Annual Review of Sociology, 39(1), 127–146. 

 ARSに医療制度の論文があったので,読まなければと思いながらも,結構な時間が経ってしまった.ちなみに,ファーストオーサーのベックフィールド社会学でHealth系を扱っており,関連論文も多数ある.

 さて,このレビュー論文では,医療制度を比較分析するにあたって,(1)近年の研究テーマ動向,(2)社会学で軽視されてきたトピック,の2点に絞りレビューと評価が行わている.

(1)近年の研究テーマ動向

ここでは主要トピックとして以下の4点を挙げている.

  • 医療制度を分類する研究(CLASSIFYING HEALTHCARE SYSTEMS)
  • 医療制度の収斂現象に着目する研究(CONVERGENCE: NEW AND OLD)
  • 医療制度の境界に関する研究(INSTITUTIONAL BOUNDARIES)
  • 医療制度と様々な不平等の関連を分析する研究(DISPARITIES, INEQUALITIES, INEQUITIES)

「医療制度を分類する研究」では,様々な分類が可能であるが,それが分析上意味のあるもの(analytically meaningful)でなければならないことが指摘されている.この指摘はあまりにも当たり前すぎるが,先行研究では福祉レジーム論とは異なる分類がたくさんあるようなので,何のために分類をしているのか分からないものがたくさんあるということか.論文中で紹介されているMoran(1990; 2000)では,"healthcare state"という概念が導入されており,そこでは,財政方式やサービス供給体制等を考慮した4分類がなされているという.これは知らなかったので後でチェックしてみようと思う.しかしながらCLASSIFYINGを延々とやっていても意味がないと思うし,島崎(2011)のように制度の細部に目を配り丁寧に分析するほうが好みである.

「医療制度の収斂現象に着目する研究」では,各国の医療制度が収斂しているのかが議論される.この手の話は福祉国家論でよく見受けられるが,ベックフィールドらが指摘しているのは,収斂の話は国単位でなく国内の地方自治単位でもできるということである.Clavier(2010)は実際にデンマークとフランス国内を事例に収斂を検討しているらしい.

「医療制度の境界に関する研究」では,医療制度とは一体なんなのかという問いにはじまり,制度の境界の変化を見極めようとしている.例えば,移民の増加によって医療制度はしばしば再編されるが,そういった実証研究は少ないという.日本でやるとしらたどういった分析があるのかはパッと思いつかないが,ヨーロッパあたりでは国際比較分析が出来るのかもしれない.

「医療制度と様々な不平等の関連を分析する研究」では,医療制度が個人の健康指標等に与える影響が分析される.これはいかにも社会学らしいというか,王道のマクローマイクロリンクの分析である.私としてはここのレビューが最も参考になり,いくつかの分析ネタを思いついた.基本的な問いは"how the healthcare system relates to other broad social conditions that matter for health and disease."(p.134)である.

(2)社会学で軽視されてきたトピック

ここでは5点が挙げられている.

  • 関係性の観点(The Relational Turn)
  • 文化的観点(The Cultural Turn)
  • ポスト国家的観点(The Postnational Turn)
  • 制度的観点(The Institutional Turn)
  • メカニズム的観点(The Mechanismic Turn)

関係性の観点(The Relational Turn)では,親の階層が子の医療機関の受診行動に影響を与えるというLareau(2003)が紹介されていた.こういう分析はいくらでもありそうだが,意外とないらしく,"it is surprising that the analysis of specific relational structures has not made more of a mark on the comparative analysis of healthcare systems. "(p.136)ということらしい.

制度的観点(The Institutional Turn)に関しても,"it is surprising that the analysis of specific relational structures has not made more of a mark on the comparative analysis of healthcare systems. "(p.138)だそうである.

軽視されているというトピック5点は社会学では王道のものなので,本当に先行研究があまりないのかという感じはするが,冒頭にあるように,そもそも医療制度との関連で分析したものが少ないので,本当に少ないのだろう.いずれにしても,医療社会学では医師/患者の話が中心だったため,医療制度に焦点があてられなかったのかもしれない.医療制度のパフォーマンスが社会的コンテクストによって異なるという話は計量分析でやりやすいネタだと思う.当然,なぜ異なるのかに関するメカニズムを探求することも重要である(The Mechanismic Turn).

アメリカでは計量医療社会学的な研究というのは結構あったりするが,日本ではほぼみない気がする.医療は色々と制度的規制の多い分野であり,それを利用して,最近だとRDDで因果効果を推計したりと,面白い題材がたくさん転がっている分野だと思う.もちろん社会学でこういうことをやってもいいはずである.

Measuring Causal Effects in the Social Sciences

Courseraで開講されていたMeasuring Causal Effects in the Social Sciencesという講義を受けた.講師はコペンハーゲン大学社会学部のAnders Holm.約1ヶ月の講義内容は以下.

Module 1 - The nature of causal effects and how to measure
Module 2 - The multivariate regression model and mediating
Module 3 - Randomized controlled trials
Module 4 - Instrumental variables
Module 5 - Difference in difference

受けてみての感想↓

初歩的な内容のため新たに学ぶところはほぼなかった.本当の初学者向けといった感じで,講義後のクイズもかなり簡単.実際にソフトウェアを用いて推計する作業があれば良かった思う.来年も開講する予定とのことなので,さらなる内容の充実に期待したい.ともあれ,こうして無料で海外の大学の講義が受けられるのは非常にありがたい.

 

Gneezy and Rustichini(JLS 2000) 保育園のお迎え遅刻は罰金で改善できるか?

 ニーズィーとリストといえば著名な行動経済学者だが,彼らの研究成果を一冊にまとめた以下の本がecon界隈で話題をよんでいる.非常に読みやすく,内容も査読付き学術論文がベースになっている(しかもトップジャーナルばかり).私もGneezyとListの論文はいくつか読んだことがあったのだが,ここまで色々なことをやっているとは知らなかったし,Field Experimentはここまで進んでいるのかと驚いた.

その問題、経済学で解決できます。

その問題、経済学で解決できます。

 

CVをみれば分かるとおり,業績がものすごい…

 Uri Gneezy

 John List

この本の書評は後にゆっくり書くとして,冒頭で紹介されている論文をピックアップして読んでみた.ちなみにこの論文にはListは入っていない.

Gneezy, U. and A. Rustichini. 2000. "A Fine Is a Price.The Journal of Legal Studies 29(1): 1-17.

【概要】 

保育園のお迎えで遅れてくる人っていますね?どうやったら遅れてくる人を減らすことができるのだろうか? というのが本論文の問題意識である.これに対して,最もシンプルな解決策として「罰金を課すこと」が考えられる.例えば,法学の分野では,Deterrence Theoryとして,より重い罰則の規定が犯罪を減少させると考えられてきた.しかしながらそれは本当だろうか.しいては,保育園でのお迎え遅刻者に対して「罰金を課すこと」は本当に遅刻者を減らすのだろうか. 

【方法】

このことを検証するために,本論文では,イスラエルにおける10ヶ所の保育園で20週にわたりフィールド実験を行っている.最初の4週間は何も介入せず全ての保育園でお迎えに遅刻してくる親の人数をカウント.5週目の始まりには,10のうちランダムに選択した6施設で,10分以上遅れた者に罰金を課す制度を導入した(treatment group).残りの4施設はそのままである(control group).罰金を導入した保育園では.17週目の始めに罰金制度を撤廃した. 

【結果】

 罰金を導入した結果,遅れてくる親が有意に増加した.罰金制度を撤廃したところ,遅れてくる親の数は元に戻らず,すなわち,最初の4週間で観測された遅刻者より増えていた. 

【解釈】

今回の実験での罰金額は子どもひとり当たりNIS10であり,これは当時約3ドルだったらしい.著者らも断っているように,この額が小さいから抑止力がなかったのではないかとか,額を大きくすれば遅刻者が減るだろうとか,色々な突っ込みどころはあるものの,ここで強調されるべきは,罰金の導入が「遅刻」の意味を変えてしまったことである(p.10).つまりゲームの構造を変えたと(p.16).この変化を捉えるモデルがpp.10-15で検討されているが,少々長くなるのでこれは省略する.簡略に述べれば,お迎えへの遅刻が職員さんたちに対する罪の意識で構成されていたのに対し,罰金導入以降は,「少しのお金を払えば遅れても良いのか!」というマーケット的なインセンティブに変化したのではないかということらしい.解釈に関しては,交換理論とか贈与の話等と絡めて,社会学サイドから面白い知見が提供できるかもしれない.

 

Content Analysis

政治学における統計的分析手法の開発で知られるGary King御大の記事が話題になっている.今井先生との共著も多い.

ビッグデータ分析で、中国政府による検閲の中身が明らかに:日経ビジネスオンライン

業績も半端じゃないKing先生のHPにはAutomated Text Analysisのページがあり,内容分析に関する論文がここにまとまっている.最新の内容分析にフォローするのであれば少なくともここに挙げられている論文は読む必要がありそう.早速いくつか読んでみる.

Gary King's HP, "Automated Text Analysis"

そういえば未読だがPAでテキスト分析の論文があったのを思い出した.今月中にはこちらも読む.

 Grimmer, J. and B. Stewart. 2013. "Text as Data: The Promise and Pitfalls of Automatic Content Analysis Methods for Political Texts." Political Analysis 21(3): 267-297.