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『ハマータウンの野郎ども』第7章

言わずと知れたポール・ウィリスの著作である.かつて読んだ時には気付かなかったが,その第7章「文化と再生産の理論のために」では,制度に関する言及が多くあると教えてもらったのでここにメモしておく.

ハマータウンの野郎ども―学校への反抗・労働への順応 (1985年)

ハマータウンの野郎ども―学校への反抗・労働への順応 (1985年)

 

 

ウィリスは文化と再生産の話を進める前に,制度の重要性にも注意を払っていることを断る.

ここでは論点を鮮明にするために,もちろん事態を単純化している.国家やイデオロギーやその他さまざまの社会的制度が重要なかかわりを及ぼしている事実を無視している.とはいえ,大局的な規定要因そのものが再生産されるためにはひとまず文化のレベルに媒介されねばならないこと,私はこの点を強調しておきたい.(p.341)

 

そして国家諸制度が文化と社会の再生産に果たす役割を記述している.長くなるが引用しておく.

ここでいま少し対象を限定して,この本の研究から引出しうる仮説を示しておこう.それは文化と社会の再生産に国家諸制度が果たす役割に関するものである....(略)...まず第1に,社会の再生産の特定のありようはそれにふさわしい独特の国家制度と見合っており両者はみごとに調和していると,考えてはならないだろう....(略)...そして第2に,制度というものは単純なユニットと見立てて研究できるような対象ではない.ひとつの制度には少なくとも3つの異なった層が重なり合っている.その三層をとりあえずたてまえの層,実務の層,文化の層と呼ぶことにしたい....(略)...ある制度の重要な組織改革についていやしくも十全な評価を加えようとするなら,上記の3つの層の区別と絡まりをしっかりと押さえておくべきだろう....(略)...教育制度について指摘できることを,そのまま他の諸制度に一般化することの危険性は言うまでもない.制度が異なればそこにおける支配のありかたも異なり,職業的専門家と受益者一般との関係を異なるであろう.それについて,公的なイデオロギーとインフォーマルな文化とのズレや断絶や転倒のありかたも異なるだろうし,紛争が表面化する時間や空間も異なるかもしれない.外に拡がる階級社会とそこで再生産される文化とに,制度がいかに切りむすぶかも違っているだろう.とはいえ,少なくとも次のようには言えるはずだ,多くの制度はその公式イデオロギーの首尾一貫性にたいする信仰を必要とするゆえに,ひとしく,なんらかのかたちで自己欺瞞を犯す,と.公式のイデオロギーがなんらの抵抗も受けずに制度の最末端にまでとどくことはない.公式のイデオロギーが浸透するとすれば,それは制度の底辺においてどのようにか受容される素地があるときに限られる.さもなければどこにも浸透してはいない.ある制度のなかで上から下へとつながるイデオロギーの鎖には,そのどこかに切れ目やもつれがあるものだ.そして,鎖のその部分こそ,制度と外部の社会秩序との関係を知るうえで,また社会の再生産に果たす制度の客観的な機能を見きわめるうえで,ことのほか重要な意味をもつ.さらにはこうも言いうるかもしれない.多くの制度において人びとを一定の具体的な行動へと動機づけるものは,インフォーマルな文化がもたらす「われら見ぬいたり」という独特の意識なのだ,と.(pp.351-58.)

ウィリスが指摘している第1の点は制度のdecouplingであり,第2の点はグライフのいう制度的要素(institutional elements)と類似する.制度をフォーマル/インフォーマルで区別するのはダグラス・ノース以降広く知られることとなったが,ウィリスが『ハマータウンの野郎ども』でこの区別を用いていることは知らなかった.もっとも,ノースとウィリスではフォーマル/インフォーマルの区別の仕方が異なるが.

 

比較歴史制度分析 (叢書 制度を考える)

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制度・制度変化・経済成果

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日経BPクラシックス 経済史の構造と変化

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